文和春秋

主に歴史や本についての徒然語り

後白河法皇の評価

後白河法皇とはどのように評すべき人物か?

一般的には「老獪でしぶとい政治家」「常に武家の勢力均衡を図り策動する謀略家」といった一筋縄ではいかない曲者のイメージが強い気がするのですが、個人的にはどうも関連する知識が増えていく程、過大に見られている部分が多いのでは、という気持ちが強くなっております。

 

まず老獪というには… 策謀が失敗した時の対応策など用意せず、しばしば幽閉されたり不利な条件を呑まされたりしている事から見れば、その判断の甘さと学習能力には大きな疑問符がつくかと思います。

たびたび政治的な力を失ってもその都度復活したしぶとさについても、法皇個人の力量というよりは、「院無しには政治が円滑に進まない」という当時の制度的慣例による部分が大きい気がしてなりません。

何より謀略家といっても… だまくらかせたのは義仲や義経の様な政治的など素人ばかりで、頼朝相手では時間稼ぎと嫌がらせぐらいしか出来ていない様な気が。

そもそも「奥州征伐」や「将軍宣下」など、相手に言い値で売れる好材料がある際にもまともな取引をせず、結果として後に安めを引く羽目になっている所などを見るにつけても… 優秀というよりは信西が評した様に「暗主」の方が的確な気がしてなりません。

 

但し… 平治の乱や平家都落ちの際などの危機的状況で法皇が時折見せた「危険を察知する野生のカン」と「素早く安全圏へ逃れる行動力」については間違いなく非凡であり… そういう意味では総合的な評価に困る方ではあります。

やはり「日本一の大天狗」辺りが、適当なのでしょうかね。